ユッスーの日々

挫折と挑戦の二重らせんの日々を綴るユッスーのブログ。

『夜明けの旅人』

『夜明けの旅人』

夜が明けたら
朝日に向かって
僕らは旅に出よう
春が来たら
草花を摘んで
君に王冠を贈ろう
貴方に会えたら
日が暮れるまで
語り過ごそう

陽気な季節など無かった
きっとこの先も選べない
夜の闇の深さを
どれほど不安に思っただろう
玄冬の凍える窓を
膝を抱えて眺めた日々を
閉ざされた冷凍庫の哀しみを
忘れた様にここに記そう
決して忘れない為に

このフィクションの世界は
痛みだけがやけにリアル
虚構が映さない影を
一人一人が背負っている
僕に失望したり
時に僕を憎みさえするのは
他の誰でもなく
僕だったりする
時に僕を想ってくれる
他人だったりする
いつかこの傷跡が
オブラートの原料になる為に
自分自身を許してあげたい

何が幸せで不幸せか
何故生まれてきたのか
何のために生きるのか
何ゆえ死んでいくのか
少しずつ分かりかける
それは、
生命に刻まれた
真実を読み解く作業
忘れてゆく速さに
必死で抗うような営み
間違いも後悔も
過ぎ去った青春も
何度も蘇生してみせる
過去を絵具に変えて
未来を塗り替える
そうやって今を築く

朱夏に差し掛かり
また落とし穴に嵌る
受け身を覚えたから
大怪我はしない
痛くても我慢出来る
痛い顔は見せられない
そんなとき本当は
手を当ててくれるだけでいい
額の汗を拭いながら
一歩千金の一歩を探す
下手な譜面の軌跡だって
誰かの道標になればいい
僕がつまづいた場所で
同じように転んだ子どもたちが
より強く立ち上がれるように

僕たちの時代は気忙しい
誰かの改善がもたらした便利が
他の誰かの価値ある不便を奪う
想像する時間を創造することも
創造する時間を想像することも
速すぎるメトロノームのせいで
赤を切るか青を切るかのように
切迫してしまう
心拍数を整えて街を歩こう
美しくない街並みを
月は物言いたげに照らす
詩心のない街角を
電灯が物憂げに照らす
錦秋は白い靄の彼方で
最後の時を悠然と待っている

時計の針は
確実に回るけれど
残された時間を
計る時計はない
ただ今を伝えるだけ
知らないままに進もう
難しいから楽しいんだろう
挫折のピースのないパズルでは
成し遂げる甲斐が無いだろう

夜が明けたら
荷物を背負って
僕らは旅に出よう
茹だるような草いきれの道を
お気に入りの靴で踏みしめて
そんな気持ちで目覚めたら
太陽は朱色に燃えている
心行くままに
日陰を選びながら
陽射しの道を歩もう
絶望の深い谷を越えて
あの日より輝く日々の中を

『燃ゆる月と静かなる太陽』

『燃ゆる月と静かなる太陽』

鍵のかかった箱の中に
その箱の鍵が眠っていて
そういう箱が折り重なって
積み上がって崩れ落ちてしまった
もうどうしたらいい?
さながら未解決な問題が
乱れた麻の様に
「今」という問題に結びついてるようです

どこに行きたくても
どこにも行けません
何を選べばいいのか
何に笑えばいいのか
何をしていても
何ともならない
それが僕だけならまだしも
あなたも同じような場所にいる

年の瀬に第九を聴くことを
いつからやめたのだろう
どうやらこの道は
歓喜に至る道ではないようです
あちこちで底が抜けて
その一つに落ちてしまった
そこには幸か不幸か
ちょうどいいハンモックがあって
僕らの魂は絡め取られてしまった
遠くレクイエムが聴こえてきます

才能とか経験とか
まして「努力の天才」だなんて
もう眩し過ぎて直視することすら
困難です
こんなへたれにいつからなってしまったのか
「僕が僕であるために
勝ち続けなきゃならない」と歌った人が
天国で嘆きのロックを奏でています
いつからかどこからか
時空が歪んでしまって、
階段を昇っていたのに、
こんなに低いところに降りています。
一つだけわかっていることは
この命がまだ諦めていないということです

アルバムに集めてきた
言葉たちが少しずつ
点滅を始めます
言葉たちがメッセージとなる。
この時がいつか来るから
ずっと言葉を探してきたんだ
君を救うために僕たちは集ってきたんだ
むしろ待っていたんだよ
君が落ちぶれることをじゃない
人生の真実に近づく時をさ

まずは小さいことを大切にして
自分が出来ることを一つ一つ認めていい
自分だけが出来ることなんて探すから
無駄に骨を折ってしまう
空に向かってその身を伸ばせない時は
足元の根を深く深く張って欲しい
誰も見ていなくていい
誰も見ていないからいい
意味のあることは、
大抵は不格好なことなんだ

見ることばかりに頼るから見失う
欲望は目から入ってくると
あれほど言ったじゃないか
耳を澄まして
心臓の音が聞こえるまで
呼吸がそれに重なるまで
宝物にしている
あの声が聴こえるまで

そういえば、
鍵の掛かった箱がどうとか
言っていたようだけど
かえって良かったじゃないか
箱は沢山あるんだから、
鍵が手元にあったって役には立たない
どれが当てはまるか探してるうちに
日が暮れてしまうよ
それよりなにより、
箱の中に鍵しか入ってないなら
そんな箱は捨て置けばいいさ
その箱に囚われた心ごと
ダスターシュートにダンクシュートだ

歩く歩道を逆走するような
難しい世の中だ
時は加速しながら
若さを奪い、希望を翳らせる
あの頃に戻りたいとか
東に沈む太陽が見たいとか
冬に桜を楽しみたいだなんて
わがままを言わないで
ハンモックから起き上がろう
それからそいつを切り裂こう
乱麻のごとき問題も
ついでに少しは解けるかもしれない

思えば…
僕が初めてつかまり立ちをしたとき、
きっと周りには温かな眼差しがあっただろう
すべての成長の過程に
須らく助けてくれる人がいた
それを忘れて「自立」なんてするから
あっという間に転んだんだ

依存しても頼ってもいい
助けを求めて教えを乞いながら
共に生きていくことが
弱い僕たちの強さ
割れることのないダイヤモンド

太陽の光を受けて
静寂の月が燃えている
燃ゆる月と静かなる太陽が
繋がって反射して
今を照らしている
明日、歓喜するこの道を

人と人との繋がりを大切にしたい。

中国の政治情勢(格差)や権力闘争(共産党vs海軍vs空軍)と、
日本の外交下手の安倍政権と、双方のネット世論とマスメディア、
そんなものに振り回されて、
助け合うべき理解し合うべき隣国との関係がどんどん悪くなっていて、
普通の人まで釣られていますね。
とても残念です。

僕は中国人の友達が何人かいます。
めちゃくちゃ良い奴です。
だから、釣られない。

10億人もいれば、合う人も、合わない人もいるでしょう。
一番怖いのは、「中国」とか「中国人」とかいう記号で一括りにして、
見下したり、嫌ったり、勘違いすることです。

「中国人が嫌い」なんてのは、「人間が嫌い」「生物が嫌い」というくらい、ナンセンスな話なんだと思います。

韓国もまたしかり。

余り機会は多くないけれど、
探せばいくらでも見つかる。
それがお隣さんだから。
僕はセネガル人の友達が沢山いて、
セネガルが大好きですが、
セネガルと接する機会なんて本当に少ない。
アジアはずっと恵まれてる。
個別の友情を築きながら、
中国とも韓国とも台湾ともインドともフィリピンとも北朝鮮とも仲良くしていけたらいい。
別に各国の政府を好きにならなくていいでしょう。
僕なんて日本人なのにいまの安倍政権は好きじゃないですもん。

「日本人」と一括りにされて、
まだ出会ってもいない人から嫌われるなんて悲しいこと。

昔、ポプラの木にはポプラの葉って歌がありました。

多分、僕の書いてること、
小学生なら当たり前のように分かってること。
大人になって、分からなくなってるとしたら、
本当に残念。

そう思う、今日この頃でした。

『優しい人』

『優しい人』

この世にたった一つだけ
守るべきものがあるとしたら
きっとそれは
優しい人の優しい心
優しさを紡ぎ出して
繋ぎ合わせて積み重ね
人は優しい人になる
これは決して
穏やかな道のりでは無くて
酸素も足りなくなるような
登攀の道程だ

様々な道にそれぞれの
才能豊かな人がいる
誰にだって何にだって
向き不向きがあり
個性がある
優しさは大切なものだから
目には見えないし
数字にもならない
感じ方はそれぞれ違うし
価値の尺度もバラバラだ
こんな冗長な前置きをして
イイタイコトは
優しさの才能は
その道のりを
決して楽にしないということだ

優しい人に、心は救われる
優しい人に、心は包まれる
誰にだって経験があると思う
それなのに、
未完成な僕たちは
優しい人を、傷つけたり
優しい人を、見下したり
優しい人を、利用したり
そういう間違いも犯す
そもそも
優しい人を
積極的に評価した社会を
僕は見たことが無い
「出来る人」は「優しい人」と
なんの接点も無い。
こういうシンプルなことが
いろんな問題を形成してる

優しい人になりたいと
ずっと思っていた
優しい人にあこがれて
ずっと追いかけていた
道は険しいけれど
素敵な挑戦だと思っている
そんな日々の中で
優しい人に出会った
「私は優しい人ではない」
そう言ったその優しい人は、
すでにかなり優しい人だった

生きていくために
僕らは腕を磨き、力を蓄え、そして発揮する
その姿はあんまり優しそうじゃあない
だけど本当に優しい人は
心の強い人だ
容赦出来て、反省も出来る
心の中の悪を
優しく改心させられる人だ
そして
ちょっとした人の優しさに
気付いて、覚えていてあげられる
そういう優しい人に会えたことは
くたくたに歩き疲れて
足の骨まで痛む夕暮れに
休んでいくかい?と差し出される
温かなスープと暖かな真心に似てる
あるいは、
何もない道を歩いていたら
ふいに広がる一面のコスモス畑のような
鮮やかに心を奪われる感動に似てる

自分が誠実に歩んできた
優しい人への道のりを
正直に振り返る
それは少し怖いこと
案外進んでないかもしれないし
どうやって測ったらいいのか
そもそも分からない
そうやって戸惑うあなたを
人は信頼する
人は大切にする
人は有難いと思う
そんなあなたに出会えるなら
この困難な進路も悪くないだろう
そんなあなたと出会えたことを
感謝して綴る言葉探しの始まりに
幸運を祈りながら 

『Helpless Society』

『Helpless Society』

元気ですか?
元気ですよ!
大丈夫ですか?
大丈夫 ですよ!
繰り返される
「思いやり」のキャッチボール
そのボールを割れば
中には何もない
本当の声は籠められないよ
心配とか迷惑とか
掛けるとなんだか
みじめになるから

1憶2千万人が住む
この島の街では
叫ぶ場所も無い
感情を爆発させれば
可哀想な人になる
「誰か助けて下さい」と
本当は
皆、思ってる
「誰か助けさせて下さい」と
本当は
皆、思ってる

いじめが問題になると
誰もがなんとかしたいと思う
そしてみんな気付く
正解が見つからない
僕たちの住んでいる社会は
「助けて」が言えないから
「助ける」ノウハウが無い
鶏もいなければ、卵も無い
そんなHelplessな社会
誰が望んだ訳でもないのに

「頂戴」という言葉に
いやしさはあるだろうか
「あげる」という行為に
いやしさはあるだろうか
卒業文集のタイトルは
「支え合う心を忘れずに」だった。
あの頃
自然に出来たことは
いつから出来なくなったんだろう
君がいつも僕を支えて
僕は君に支えられる
 それだって
立派な“支え合い”の形
 支えた人は
それだけ強くなれる
支えられた人は
そこから強くなれる

自然界に自然にあまねく 
共存や互助
虫だって動物だって
植物だってなんだって
食物連鎖の理の中で
助け合ってる
それが分かりやすければ 
僕たちは「いいね!」を押す
だけど人間はもう少し複雑で
なかなか分かり合えない
なかなか分かち合えない

誰かを“可哀想”と思って
それを起点に行動すること
それを躊躇うのは
誰かに“可哀想”などと
思われたくないからかもしれない
誇りとか恥とか内とか外とか
いろんな文化の柵が
僕らを守りながら
僕らを絡め取る
だけど
永遠に可哀想な人なんていない
そもそも
「助けさせてくれる人」は
可哀想な人ですらないんだろう
レッテルもラベルも鉤括弧も要らない

誰かの力になることは
生きる意味そのものだ
いつだって助けて欲しいし
いつだって助けに行きたい
器の限界まで水を汲んで
それで足りなければ
もっと大きな器を身に付けたい
偽善でもなんでもいい
割り切れなくてもいい
とまどいながらでいい
友達の為なら尚いい
誰かの為に
勇気を出して
「助けて」を叫ぼう
そうすれば少なくともそこは
「Helpless」
じゃなくなるから 

『巡り、そして廻る』

『巡り、そして廻る』

献血は何度かした
僕が蓄えた血液は
針と管と人の手を巡り
今や誰かの中で廻っているのかな
輸血を受けた経験はないけれど
僕が出会った人たちは
僕が別れたかもしれない人たちは
確かに息づいている
確かに脈づいている
どこかで頑張るあの人も
どこかで見守るあの人も

ふわふわと悠然と
それでいて颯爽と
初秋の空に雲は映える
大切な人を失った想いも
いつの日かこの空に
大きな笑顔で描けるでしょうか
残された僕らは
その筆を託された僕らだ
涙して猛るスクリーンも
空色のキャンバスも
穏やかに廻る季節にも
一つ一つの出会いを
36色のクレパスの彩りに変えて
「描いてみせる」と
言えるでしょうか

僕たちが授かった人生は
今日もままならない存在で
何にでも使うことが出来るようで
全てを賭してもたった一人さえ包めないもので
終わりさえも選ぶことが出来ないようで
全ての終わりが始まりとして包まれている
あの日、さようならをした僕も
あの時、僕を恨んだ君も
あの瞬間、失われた奇跡も
巡り、そして廻る
それが少し分かる
今は少し分かる

考え過ぎると
突き詰めすぎるとさ
生きてるのに、死にたいと思ってる人と
死んでるのに、生きたいと思ってた人と
どちらが生きてるのか分からなくなる
生きてるのに、僕にとって死んだ人と
死んでるのに、僕にとって生きてる人 
どちらが勘違いなのか分からなくなる
二重螺旋の因果の中で
僕を生かしてくれる
僕でない全ての人たち
とりわけ、大切な人たち
もう一度会いたいと思う程に
胸を締め付ける人たち 

夏の終わり
亡骸を隠す力さえも使い果たして
蝉が路上に横たわっていた
僕は少し寂しくなった
大事な人を失った人の音楽を聴いた
僕は少し胸が痛んだ
自分を傷つけていた風景を思った
僕は少し悲しくなった
あなたの話を聞いたとき
僕の古い傷口が開いた
だけど
不思議なんだけど
寂しさも痛みも悲しみ傷跡も
僕を少し強くしてくれた
不思議なんだけど
僕に勇気をくれた

ここはきっと、
シンプルに「ありがとう」でいい
「全て」と括るにはおこがましい
貴方と貴女とあなたは
僕と彼と彼女を生かしてる
もっと話を聞かせて欲しい
もっと思い返させて
魂を握りつぶすほどに。
それでも大丈夫
 死んでもいいと思った命は
もう生まれ変わって僕といる
 
僕らはそうやって
弱さを知り
悲しみを刻み
空しさを覚え
無力さを嘆き
絶望を抱え
後悔を背負い
巡り、そして廻って、
生きていくのだから  
“残された”のではない、と
気付くのだから 
 強くありたいと、
願うのだから
 

乳幼児保育の話をしよう!

参院選終わりましたが、どこの政党もまともに社会保障の改革を争点としませんでした。
というより、出来なかった。

なぜなら、まともに語ると、負担ばかりの話になってしまって、
選挙に勝てないから…。

僕が大学の頃から年々1兆円規模で増加し続けていると言われていた社会保障費用は、実際には国の負担額のみで1兆円という話で、国としては、僕が生まれた80年頃から既に1兆円規模で、じわじわと加速しながら増加し続け、現在は年々3兆円規模で増加し続けています。←おそろしや~…。
その額なんと、2011年で108兆円。2015年には122兆円。そして2025年には151兆円に上ると推定されています。←国税庁が2011年の10月にまとめた資料より。
しかもその内訳は、①年金、②医療、③介護、④その他の福祉(生活保護など)の順になっており、
ここには教育は含まれていないんです。
要は、高齢者にかかる費用と予算が膨らみ続けているということです。
もちろん、高度成長を支えるために、必死で働いて、税金や社会保障費を納めてくれた世代の方々への尊敬と感謝はあります。
だけど、裕福な高齢者にはもっと負担をしてもらい、世代内である程度支え合って頂かなくては、
世代間の格差(一生で換算すると社会保障の負担と給付の差額が、1億円近くに上ります)が大きすぎます。
結局、高齢者の方々が築いてくれた日本は、ギリシャのように破綻するでしょう。
ともあれ、高齢者にかかる社会保障が伸びているのは分かった。

では、若年層向けの福祉のメインである、教育や子育て支援はどうか。
教育水準が低下しているとか、国際的に活躍できる人材が生まれないような教育であるとか、
保護者とのトラブルとか、いじめとか、様々な問題はありますが、
今回は、それは置いておいて、と。

単に、予算だけで見た場合、
日本の教育や子育て支援は、GDP比で見て、先進国で最低水準です。
あれだけ叩かれた、民主党の「子ども手当」と「高校無償化」を満額回答して、
ようやく、先進国で中程の順位にまでなります。
では、教育、子育て支援の予算の内訳を年齢ごとにみると、
日本は義務教育である小中学校と実質無償化された高校が予算のほとんどを占め、
就学前児童への補助がとても少ないと言われています。

以上が、今日の前置きです。←<長文警報発令!>

今回、私が注目したのは、
これまでも何度か、取り上げてきた「待機児童問題」です。
リンク先から、NHKの特集が見れるとか見れないとか。
約3万人ほどの待機児童がいるというニュースを聞くようになって久しいですが、
僕が子どもの頃はこういうニュースは聞きませんでした。
子どもの数が減っているのに、待機児童が増えてるの?はて?
疑問でした。
で、年齢別に待機児童数の内訳を見てみると、
3歳以上児…6959人(全体の約15%)
1.2歳児…25196人(同 約55%)
0歳児…13903人(同 約30%)
(2009年10月のデータ) 

つまり、3歳に満たない、0~2歳児が全体の85%を占めているんですね。
子どもが減っているのに、待機児童が増えた背景には、
3歳未満の乳幼児を保育所に預けたい親が増えたということがあるのでしょう。

個人的には、どんな事情があろうと、
3歳までは自分たちで育てて欲しい。
その子どもの為に。

もちろん、この背景には、女性の社会進出が本格化したという喜ばしい事実もあるでしょうし、
逆に、離婚が増えてシングルマザー(ファザー)が増えたことや、
育児休暇が取りにくい企業文化が根強いという暗い面もあるでしょう。

ともあれ、
ここからはクローズアップ現代で取り扱われた内容に入っていきますが、
待機児童問題を解決しようと、保育所が増えてるみたいです。
その一方で、保育士不足が深刻化しているとのこと。
非常に近しいところで、保育士がいたので、
この問題については、度々、話を聞いていました。
実際に、本音で話を聞くと、TVでは語られない話も沢山聞けますね。
結論から言うと、
(あくまで)僕から見てですが、
保育士は想像以上に厳しい仕事で、
かつ、報酬は極めて低く、社会的に搾取されている業種の一つであるということ。
その仕事が好きだから、なんとかその事実と折り合いをつけて仕事を前向きにやるしかない。
そういう状況だと思います。
番組でもさらっと触れられていますが、
給料は月額で他業種に比べ11万円低い
11万円ですよ!!!
業種は違えど、同じくらい高いレベルの専門性と労働時間の拘束があって、
その結果の給料が11万円低い。
搾取とは…「仕事に見合った報酬が(雇用主などに)奪われていること」byユスペディア

保育士さんの離職率が高く、復職率が低いのは、
明らかに、割に合わない仕事であって、
続けている保育士さんは本当に仕事への熱意と使命感のみなんだと感じました。

では、
待機児童の問題に戻りますと、
保育士さん一人あたりが管理出来る幼児の人数です。
0歳児 保育士1人あたり、幼児3人
1・2歳児 1人あたり、6人。
3歳児 1人あたり、20人。
4・5歳児 1人あたり、30人。
これを見ると、0~2才児をみれる保育士の数が足りなくなるのは当然だと思います。
言葉も喋れない、泣いてばかりいる乳児を一日中3人も同時に世話をして、
突然死などが起こらないように昼寝中にも5分に一回は確認する。
朝8時から夜の11時まで働いて、月給21万円ですか。
人手不足の為に、体調が悪くても出勤しなければいけない。
親は理不尽なクレームを突き付けてくる。
職場は、完全に縦社会で女社会。

僕が政治に望むのは、こんな馬鹿げた待機児童問題を、
どうせ解決にならない対症療法(保育所増設&保育士給与1万円UPなど)でごまかすのではなく、
3歳未満の子どもを、共働きならば父親と母親のどちらかが交互に育児休暇を取って、
自分たちで育てられるようにする支援です。
育児休暇の費用負担は企業と国で分担。
乳幼児を保育所に預ける親にではなく、
自分たちで育てる親に支援をする。
もっと厳密にいうと、
0~2歳児を自宅で育てても、仕事を選んで保育所に預けても、
経済的には差が無いくらいまで、自宅で子育てをする親をサポートすべきです。
言っても、少子化ですから、予算は高齢者向けのようには膨らみません。
そもそも、一部の認定保育所に多額の税金がつぎ込まれていること自体おかしい。
認定保育園で預かる乳児一人当たりに掛かっているお金(税金)はおよそ40~50万円ですよ!!
そんなに税金をかけて子どもを預けてる人は、いくらの月給なんでしょうね。
それが40万円以下なら税金の無駄だし、40万円以上稼ぐ人なら税金の補助いらないでしょう。
話しがそれました。 

繰り返しますと、以上の状況も鑑みて、
個人的には、どんな事情があろうと、
3歳までは自分たちで育てて欲しい。
その子どもの為に。

僕は、子育てをする親御さんを尊敬し、応援しています。
大変な仕事をしている保育士さんを尊敬し、応援しています。
0歳児を保育所に預ける親にちょっと引いています。
でも、きっとどうしようもない事情があって、
本当は我が子を自分で見守りながら育てたいと思っているんだろうなと信じています。

ついでに、同じく、社会的に搾取をされながらも、
腰を痛めながらも、頑張って働いている、
介護士の皆さんのことも、尊敬し、応援しています。

思った以上に長文になってしまい、
語学の人のボキャブラリーの収録どうしよう…
と焦っています。

最後に、この長文を読んでくれた奇跡の人がいるとしたら、
それは本当にすごいことだな~と、驚きます。
多謝!!

以下、クローズアップ現代のリンクです。
 http://varadoga.blog136.fc2.com/blog-entry-29312.html
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