人生は旅の如く。
限られた記憶の中で、足し算と引き算を繰り返し、
僕らは前進を試みる。
道に迷っていた時間を、かけがえの無い宝物にするために。

「おはよう、体調はどうでやんすか?」と胡散臭い男の声。
「はい、おかげさまで健康そのものです。」青年は襟を正して応える。
「歩こうでやんす。」
胡散臭い男は初老の雰囲気をまとい、歩き出した。

思えば、2007年08月31日(金)以来の物語。
これは下衆な空気の男と、それに師事する青年の話。

季節は巡り、初雪が舞う寂しい並木道だった。
青年の命の恩人である、その鼠の様な風貌の男は意外にも言葉少なであった。
男は自分の名前など無いという。
しかし、青年は男を「教授」と呼んでいる。
それは、男のつぶやくような言葉に知性の輝きを感じ、感銘を受けるからである。

「これは、めずらしいでやんす。」
男が頭上に目をやり、その目を細めている。
「どれでしょうか?」青年もその方向に目を凝らす。
「あの葉っぱの裏にセミの抜け殻がまだ残っているでやんしょ。」
「あ、本当ですね。よくしがみついていたものですね。」
「しかし、その殻の主はもうこの世にいにゃい。」
「はい。」
「あっしは夏に鳴くセミが愛しいでやんす。しかし、土の中で7年生き、
太陽のまぶしさを知ってからは2週間で土に還るでやんす。」
「はい。儚さも感じます。」
「否とよ。土に還る前に次の生命を残す。そのために全力で鳴き続けるでやんす。」
「はい。」

その刹那、木枯らし吹き抜けた。
男は風に背中を押されるようにして、また歩き出した。

今日の会話はいつもよりも長かったな、と青年は嬉しい気分になった。
突然、「ひとつだけ。」と教授の声。
これまで聞いたことの無い教授の声。
青年は無言で強くうなずいた。
「生命を大切に。」
「それが全ての基本でやんす。」

それが教授からの初めてのレクチャーであった。

この物語(?)が国際開発学の様相を呈していくまでには、まだまだ掛かりそうである。