中国四川大地震で亡くなられたからの御冥福と、
生き埋めになっている被災者の方々の御無事を強く祈念致します。
僕もやや生活苦しいですが、これだけの被害を前にすれば、
出来る限りのこと(おそらくは募金)をしようと思うのみです。


タイトルに戻ります。
授業の課題なんだけど今回は日本語でオッケーということで、
今日まで、完全に油断していました。
そのツケが、提出日前日の午前3時に完成というストレスフルな展開に(>_<)/
法に関しては全くの門外漢の僕ですんで、
内容も経済寄りになってます(^^;
お時間のあるときに読んでみてくださいな☆
あ、批判的コメントはマイルドにお願いしますm(-.-)m



日本における法と開発

1.はじめに
 我が国、日本は先進国であり、英語で言うところのDeveloped countryになる。すでに開発の進んだ国における「法と開発」は、発展途上国におけるそれとは異なるであろう。ここでは、まず始めに現代における日本が参考にするべき「法と開発」の理論とその理由を述べる。その際には、Kevin E. Davis & Michael J. TrebilcockのLegal reforms and developmentに記された6つの理論的枠組みを参照する。その考察の中で、Kevin E. Davis & Michael J. Trebilcockが触れている理論と経験から学んだことも記述したい。

2.現代日本における「法と開発」の意義
 現在の日本の開発における法のあり方を見るためには、その前提として日本社会の現状を確認する必要がある。実際には、論者の立場や状況や知識によってその捉え方が大きく異なり、求める法のあり方も変わってくるのであるが、私が特に重要と考えるのは以下の点である。
(1)日本政府は地方を合わせ773兆円程度(2007年度末)の巨額の債務を抱えている。
(2)少子高齢化が進み、2006年をピークに人口減少社会に入っている。
(3)「格差社会」に対する社会の問題意識が高まっている。
(4)地球環境問題に対する積極的な取り組みが国際社会から求められている。
 (1)に関しては、対GDP比率で先進国最低であり年々拡大しているのであるが、事態の深刻さと比べて相対的に意識が低いように思われる。しかし、もしも国の財政が破たんすれば法で守られている社会保障も財産そのものも水泡に帰してしまうという意味では、重視してしすぎることはない。(2)に関しては周知の事実であるが、高齢者への福祉に対する重要性は増していると同時に、それを支える若年世代の負担が増加している点が問題である。ただし、長期的(30~50年のスパン)に考えると、いわゆる逆ピラミッド型の世代別人口統計は徐々により細長い形に変化していくと思われ、高齢者と若者の比率自体が拡大し続けると考えるのは誤りであろう。むしろ、人口減少による経済力の衰退を想定した法整備が重要である。(3)の格差社会に関しては、非正規雇用の増加やワーキングプアなどへの関心がメディアなどを通して高まっている。貧困層に対するセーフティーネットが機能していないという点では富の再分配も考慮した法のあり方が求められているであろう。(4)に関しては、1997年の京都議定書の策定以降、市民レベルにおいても意識が高まっている。しかし、現状の成果としては、削減目標(CO2を-6%)に対して、むしろ排出量が増加(2005年現在で約7%)しているなど、厳しい状況である。しかし、これは、順守が義務付けられた国際的な取り組みであるため、環境税などの具体的な法制化も必要となるであろう。

3.6つの理論に当てはめて考える日本の「法と開発」
 以上、(1)~(4)に対して自分の考えを示してきたが、ここからは前述の6つの理論と並べて考えていきたい。「法と開発」関する6つの理論のうち、近代化論(Modernization)と経済成長論(Economic growth)は経済発展に重きを置いている。一方、従属論(Dependency theory)と福祉論(Welfarism)は富の分配と平等を重視している。他方、フェミニズム(Feminism)と持続可能な開発論(Sustainable development)は調和のとれた社会を目指していると言えよう。授業内のディスカッションでは、私のグループは途上国における「法と開発」はその発展段階によって重要な理論が異なるのではないかと考えた上で、初期段階においては格差の拡大に留意しながらもある程度経済成長に重きを置いた法整備をしていくことが重要でないかという結論に達し、それを発表した。また、授業の中で学んだことは、法が開発にとって重要であるということを人々が認識し、皆で法制度を支えていくことの大切さである。途上国においては、法が生活の向上と社会の秩序に果たす役割が人々に正しく認識されていないケースや、法が生活や権利を守れないばかりか制限するものと考えられている場合もあるからである。日本の開発が成功を収めたのも法の重要性と強制力が十分に認識されていたことと無関係ではないだろう。
 現代の日本に話を戻すと、結論から言えば6つの理論の全てが重要であり、またどれかに偏る段階ではないと考える。ただし、経済力が重視される国際社会の中では依然として経済発展を重視した法は特に重要だと私は思う。理由としては、(1)に挙げた財政の問題を解決する目処を立てることが国際社会からの信頼と日本社会の安定の土台となると考えるからである。(2)(少子高齢化)、(3)(格差社会)への取り組みは再分配の名のもとに財政支出を拡大する法律の制定に向かう可能性が高い。また、日本経済を牽引している大企業や投資家への過度の課税は、景気減速につながる可能性もある。これらは、現在の国民感情とニーズが従属論や福祉主義に近い、不平等の改善や福祉の拡充を求める方向にあることを示しているけれども、(1)とのバランスのとれた法のあり方が望ましいと思われる。具体的に富の再分配を考えると、個人における所得、贈与、相続などに関わる累進課税の水準や、企業への法人税の水準の見直しなどがあるが、個人の所得税の最高税率は40%(2007年より)と国際的にはやや低めでで、法人税は地方税を合わせ約40%と平均的である。そのため、国際的な企業への税率を上げるというよりも、それらの企業が活動しやすいようにグローバルな経済に即した法整備を進め、同時に、財政支出の重要性の低い部分を削り、福祉や貧困層への補助に回すということが現実的な選択と思われる。
 (4)の地球環境問題にかんしては、持続可能な開発と密接な関係がある。法にはその国の発展段階や文化や宗教に即すべきものも多いが、基本的人権などは全世界で守られるべきものである。同じく、持続可能な開発に深く関わる「環境」も、今日では全世界で守られるべきであると考える。特に、日本のような先進国は過去現在の環境汚染の責任があり、環境技術も優れているので、立法・司法・行政がそれぞれ主体的に取り組むべきであろう。
 フェミニズム(Feminism)に関しては言及してこなかったが、日本では、女性の社会進出がようやく法整備されてきた段階であり、今後も女性の力を司法・立法・行政に生かすための取り組みはより積極的にするべきだと考える。