折角、アフリカにいるのにアフリカ事情が少なくてごめんなさい!!
追々、この国についても書いていこうと思っているのですが、
今は、いろいろと部屋にこもって考える時間が多いのでネタ不足というか、
アフリカ(セネガル)の魅力を語るモチベーション不足なんですよ。
今日はせめて、アフリカを感じれる写真をまず紹介しますね。
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右は友だちのデンバで、僕はこっちで仕立てたセネガル服を着ています。


さて、タイトルの「頑張れなくて」に入ります。
頑張れ!って言葉、俺大好き。
心の風邪にかかっている友だちにも「頑張れ!」って言います。
それはタブーってのが一般論なんだけど、
本物の友情があれば、頑張れがマイナスになることはないと確信してます。
俺が、本当にどうしても元気が出なくて悩んでたとき、
信頼できる友達10人くらいに「BK(僕のあだ名)頑張れ!!」って言ってもらったことがあって、
正直、ちょっと恥ずかしかったけど、すごく元気をもらった。

心の傷を持ってない人がいるだろか。
この現代社会で悩んでない人がどこにいるかって話。
子どももお年寄りも、金持ちも清貧も、ましてや青年たちは皆々悩みが尽きない。
その苦悩と虚しさのダブルパンチにKO寸前で、ふらついたファイターが沢山いる。
そんな人の心を、傷ものか腫れものを触るように気を使って距離置いて、
親身になった気で「頑張らなくていいよ」なんてみんな言う。親も友も恋人もミュージシャンも。
けど、本当に大切なのはその人との人間関係(信頼関係)で、
心の友(心友)であれば、「頑張らなくていい」より「頑張れ」がいい。
少なくとも、俺はそう思う。
ただ、心友じゃないのに迂闊に「頑張れ」というよりは、
確かに「頑張らなくていい」の方がマシかもしれない。
裏を返せば、「頑張れ!」って言えない関係は寂しいもんだと思う。
あ、ちなみにこれ全て僕の勝手な自論です。

持論を続けると、
なんで、「頑張れ!」が大事だと思うかなんですよ。
確かに「頑張れ」は難しい。頑張ること自体簡単じゃないし。
でも、みんな気付いてる。突き詰めれば頑張らなくて僕らどこに辿りつけるの?
頑張らないで叶う夢がどこにあるの?って、焦りながら。
もちろん、僕らの人生、焦る必要はないはずなんだけど、
シンプルに言って、頑張ってる自分や友達が僕は好きです。
ただ、「なんで頑張らないの?!」と「頑張れ!」は違うことだと思う。
俺、“頑張れない”ときはあっていいと思う。
実際、自身しょっちゅうあるし。
だから、世の中の「頑張なくていい」に告げたいのは、
「頑張なくていい」の方がいいんじゃないか?!ってことです。
誰だってきっと頑張れる自分になりたいし、
その日が必ず来ると信じたい心を応援するのが、
「頑張れなくていい」と「頑張れ!」だと思う。

最近、頑張れない時期が続いてて、
同期のみんなにも迷惑掛けて、
でも、皆「頑張れなくていいよ」ってメッセージを送ってくれた。
それが、すごくすごく嬉しかったというか、感謝しているので、
こんなこと書きました。

関連してる(?)好きな歌です。