「コスト削減と品質向上をベースにした大量生産時代から、イノベーションをベースにした比較優位領域での一点突破的なポスト大量生産時代へと、既にシフトしている現在」の中で、日本は20年以上前に「終わりの始まり」を迎えていて、それに気付かずに20年経って、ようやくそれが明らかになりました。
 正直、この流れでは、向こう20年は日本経済が再び勢いを取り戻すことは無いでしょう。今すぐに手を打ては10年ほどで流れが変わるかもしれない。ただ、現在の政党や経団連を見るに、それは難しいと思います。非常に残念ながら、僕は遊んでばかりの青春を過ごしてしまったので、この状況に対する処方箋を持ちません。今から3年ほどしっかりと学んで2015年にはグローバルな経済と、政治をきちんと語れるようになりたいと思います。ですが、今日は未熟と自覚した上で今分かっていることを書いていきたいと思います。
 まず、経済におけるキーワードは「産業構造の改革」です。過去のニューディール(公共事業による道路や線路や橋や通信網の建設)は発展途上の経済段階でこそ有効であり、日本は当然、飽和しています。防災やインフラの補修は今まで後回しにされてきたことで、オールドニューディールより遥かに価値的です。しかし、それは1の投資に対して2とか3とかの結果をもたらすものではありません。あくまで補修だからです。せいぜい無駄な投資が行われないように気を付けて、1の投資から0.9の成果を上げられるようにするような話で、重要ですが、財政と相談して行う必要があります。
 それに対してニューニューディールやグリーンニューディールというものがオバマ政権で打ち出され、日本でも3.11を契機に議論されるようになりました。これはインフラ補修や防災に比べて、新エネルギーや環境という新しいキーワードが並ぶので、一見すると新しい産業が生み出される印象がありますが、実はこれも今ある火力や原子力でタービンを回して発電する仕組みを根本的に変えるものではありません(太陽はやや特殊)。例えば、ブラウン管TVが液晶TVに切り替わる程度の変化ですので、TVが初めて導入されたような効果は期待できないんですね。またそもそも、バイオや環境などの産業で1億人の家計を支えるほどの規模にはならないでしょう。これは、パナソニックが家電やエレクトロニクスでアップルやサムスンやハイアールに負けたからといって、全社を挙げて燃料電池に特化するなんてことが出来ないのと似ています(燃料電池だけで全社員の給料を賄うことは出来ない)。
 その意味でもある程度人口が減ってきた段階(2030年で9000万人2040年で8000万人ほど)で、その8000万人の家計を支える経済的な価値を、グローバルなマーケットで生み出せなければいけない。コストパフォーマンスで中国やインドやブラジルやインドネシアに勝負出来るようになるためには劇的に人件費が下がらなくてはいけない。ではアップルのようにイノベーションを生み出す地盤が日本にあるかというと、日本はその気配すらもありません。おそらく教育から根本的に見直さないといけないでしょう。イノベーションを生み出す力は高等教育の質に依存すると思われます。個人的には高校の大学化(授業を大学のように生徒が選択できる)と、大学受験の改革(理系文系の二分化を止める。暗記力よりも理解力を問う。TOEFL(TOEICではダメ)を導入するetc.)が必要だと思います。また、悩ましいのは日本はそういう適切な舵取りをする行政自体が思考停止に陥っていることです。「卵が先か鶏が先か」という話になりますが、政治と教育を根本的に改革することなしに産業構造の改革は成し得ません。ではその為の人材はどこに探せばいいか?これは消去法で考えれば、グローバルな経済の中で成果を残している産業界から引っ張ってくるしかないと思います。またそれと同時に国外の優れた政治家や学者、経営者をアドバイザーや外部監査役として知恵を取り入れなければなりません。以上が、最近考えている問題意識ですが、最後になぜこんなことを一個人が考えているかということを補足させて頂きます。
 結論から述べますと、政治家に丸投げの時代から、個人が政治の当事者にならなければいけない時代に、既に入っているからです。それは上記のような大上段の産業構造の話だけではありません。むしろそれはほんの一部に過ぎません。個人としては、まず自分の人生を真剣に考えますよね?真剣に考えれば結果的に家族のことも考えることになります。さらに家族のことを真摯に考え続けると、家族の関わる地域(コミュニティ)のあり方を考え、コミット(参画)しなくてはいけません。地域のことを話し合う場が出来てくると、その中の話し合いだけでは解決しない(完結しない)問題に関して、外部(より大きな枠組みや周りのコミュニティ)にも頼る必要が出てきます。それが国政であったり道州制が出来れば州政になります。このような考え方は専門用語では「補完性の原則」と言います。欧州ではそういう考えを中高生が徹底的に議論しています。
 アメリカ→中央政府→地方行政→地域→個人という圧力と干渉と政策のトップダウンの中で、個人が思考停止して、政治に丸投げしているのがこれまでの日本であり、いまの現状です。これは先ほど述べたような補完性の原則に従って逆転していかなければ地に足の着いた政治は生まれません。
 最後まで読んでくれた方、本当にありがとうございます!!!質問や御意見などコメント欄に気楽に寄せてください★