僕はその担当ではないのですが、
僕の働いている部署は、捨て猫の通報が届くところで、
通報があれば、子猫を拾ってきて、保健所に連絡しなければいけないのです。
時には伝手を探って、里親を見つけることが出来ますが、
それはとても難しいことなので、
何日後かにはタイムアップを迎え、
僕らは保健所の方に引き渡します。

担当の方は、
心優しい先輩の男性。
猫好きで、
やむにやまれず、
何匹も自分で引き取って、
ちょっとした猫屋敷に住んでいる人です。
仕事として、子猫を拾ってきたときは、
いつも、タオルとミルクとキャットフードを買ってきて、
子猫に与えています。
週末を挟めば、休日もこっそりと面倒を見に来ています。
僕は、借り家に住み、来年か再来年にも海外に出るので、
ペットを飼うことはとても難しいです。
それでも、
その先輩の仕事にコミットしたいので、
先輩の仕事についていき、 
保健所に引き渡すときはなるべくその場にいます。
保健所の方にとっても辛い仕事です。
お互いに心の中でため息をつきながら、
疲れた微笑みをかすかに灯した目と目で会話します。
「すいませんが、このたびも何卒よろしくお願いします」と。

僕は猫を飼ってあげることが出来ませんが、
いつもギリギリまで、それでも何とか、飼えないだろうか。
と葛藤します。
命を救いたい。
…だけど…。
言葉にはなりません。

その先輩は引き渡したある日、
独り言のように、こう言いました。
「せめて今日くらいは、晩飯の時も、寝るまでは、
 あいつのことを、考え続けていよう。」
その日は仕事も忙しい午後でした。
元気を出さないと乗り切れない仕事です。
だけど、心にその子猫を想いながら、
忸怩たる思いで、僕らは働きました。

命を救うということは、
とても難しいことで、
僕のような人間には、
あの輝ける生命の結晶のような、
子猫の命さえ救えないことばかりなのです。

僕はこの後悔と惜別の念を、
自分の人生の炎として、
せめて、同じ時代に、
理不尽で圧倒的な悲劇の中にいる、
そういう人間がいる世界に、
全力でコミットしようと覚悟を固めています。
それは例えば、
難民問題です。

猫の話から、
難民の話をすれば、
不謹慎だと怒られるかもしれませんが、
なにかを助けるということの、
負担と犠牲と覚悟をいつも実感しているので、
そこに僕として違和感はありません。

猫を飼っている方に、
とてもショックな記事で、
申し訳なく思っています。
むしろ、それを思って、
これまでは書けませんでした。

だけど、
いつか、書かなければと、
思っていました。

何の負担もなく、
人を救うことなんて、
できっこないんです。
だけど、
人間に生まれてきたのだから、
人間を見殺しにしたら、
人間でなくなっちゃう。

今日はとっても平和な日で、
風は少し強かったけれど、
秋の高い空に雲が泳いでました。
この平和の中で、
地球の裏側の、
悲惨な紛争と貧困をおもう。
力をつけなくては、
もう若くもないし。
そういう中に生きているので、
笑いが必要ですし、
友達が必要ですし、
血を吐く努力が必要なんです。
心をメンテナンスしながら、
一歩前進の挑戦です。
半端な覚悟で、
僕の覚悟を挫こうと、
浅ましい保守的なメールが届いても、
1mmも揺るぎませんよ。

ユッスー拝