ユッスーの日々

挫折と挑戦の二重らせんの日々を綴るユッスーのブログ。

国際開発

日本の法制改革を国際開発に

Development of Japanese Legal System

~Lessons from Japan’s Experience of Legal Transplants~


 全ての国家にとって、法制が最も重要な要素の一つであるということは、論を待たないであろう。とりわけ、安定的な統治の為には法制が大きな役割を果たしている。その各国の法制は国ごとに全く同じということはなく、むしろ国の数だけその歴史や国民性によって異なった法制があるといえるが、同時にほとんどの国が他国の法制からある程度の影響や教訓を得ながら独自の法制を模索してきたといえよう。日本も古くは大宝律令から、今日の日本国憲法まで、より進んだ法制の影響を歴史的に受けてきたという事実がある。それは、自主的に取り入れた場合もあれば、強制的に入ってきたものもあるが、いずれにしても、その法制のもとで暮らし、影響を受けているのは日本の国民である。幸いにして、戦後の日本は安定した法制のもと、経済発展と国民の福祉の充実を高いレベルで達成してきた。ここでは、特に明治政府と、第二次世界大戦後のGHQによる法制改革を取り上げ、それらの教訓が途上国の法制の改革にどのように活かされていくべきかを論じたい。

 まず初めに、明治政府の行った近代的な法制の導入とGHQの法制改革にある種、共通する成功要因を明らかにしたい。それは、いずれの法制改革も、国際情勢と国内情勢に合致し、目的が明確だったことである。日本が長い鎖国から開けて、近代国家の道を歩き始めた頃、世界は帝国主義の近代国家に席巻されており、いわゆる「富国強兵」という目標は明確であった。明治政府は欧州の当時先進的な法制を積極的に検討し、結果的に国内に適した法制をドイツを参考に制定したのである。そして、大戦後は、敗戦国となった日本は占領軍から法制の改革を要求される。この時点で、国際社会には二度と世界大戦を起こすべきでないという合意が生まれており、日本も強制的にではあるが、帝国主義の道を再び歩まない為にも民主的な法制に移行することになる。ここでも、軍事力による国力の増大ではなく、前述のとおり経済の発展と国民福祉の充実という明確な目標に沿った法制であったことが第一の成功要因と言えよう。これは、今日の途上国の法制改革にも通用することである。例えば、開発独裁が機能した一部の事例はあるといえども、独裁政権による軍事力の拡大などは、国際社会を状況を全く無視したあり方であり、安定的な経済と国民の福祉を達成するための民主的な法制が望まれている。今日の国際情勢に合わせた法制の検討は後ほど述べたい。

 次に、日本の法制において極めて重要であったと思われる要素を述べたい。それは、三権分立の設定である。主権が天皇であった明治の改革においては三権分立は根本的な効果が無かったが、GHQによって大枠が設定された国民主権の日本国憲法においては、三権分立の意義は極めて大きかったといえる。あえて言うまでもないが、三権分立の肝心は、主要な権力が独立して役割を分担し、三つ巴となって互いを牽制ないしは監視しあう関係にある。途上国の開発において、ガバナンスが大きな課題となっている今、こうした枠組みが機能する法制の導入と運用が望まれていると言えよう。特に、政府や国会を監視する司法の独立性と権威は確保されなければならないと私は考える。

 最後に、GHQのもたらした財閥解体や独占禁止法などの経済面の法制について触れたい。まず、財閥の解体であるが、これによって国内の産業が財閥による独占から解放され、公正な競争原理が働くようになった。これは経済の民主化とも言われるが、その後の経済発展の原点である。その後、経済活動に集中した日本は輸出を伸ばし、貿易摩擦を生むまでになっていった。それに対して、アメリカを中心とする国際圧力が高まり、国内の市場を国際市場により開放するように迫られたのである。これに関しては、現在においてグローバリゼーションが急速に拡大しており、保護的な途上国の市場に対するグローバル経済への開放圧力は以前にも増して強まっているといえよう。そうした状況の中では、現在の途上国が安易に市場を開放し、国内産業の保護を放棄することが必ずしも正しいとは言えないであろう。むしろ、日本のように国内産業の状況を踏まえて、国際社会と交渉していかなくてはならない。もちろん、大統領や一部の権力者の家族による経済の独占などは、国内産業の発展を阻害してしまうため、外部からの適正な圧力が望まれる。また、日本の事例として占領下だからこそ出来た重要な改革が、土地改革(特に農地)であった。土地は資産と同義であり、その解体と分配はとりわけ繊細な問題であるが、これも農業が主要な産業である多くの途上国にとって取り組まれるべき課題である。

 以上のような法制改革は、その国の伝統やしがらみを抱えたままでは進まないことが多い。そのため、国際情勢と国内情勢を知る内部の人材が、自国の安定的かつ持続的な開発という目標を明確にし、外部の法制を参考にしながら法制改革進めていくことが望ましいと思う。

日本の教育システムを国際開発に

Japan’s Education to be worthwhile replicating


 日本の開発経験は、その要因が様々に分析され、ODAを通じて広くアジアの開発に貢献してきた。そして、近年、開発の進まないアフリカにも日本の開発経験を移転しようという試みが進められている。しかし、そこで問題になっているのがアフリカのソーシャルキャパシティの低さである。日本の開発を支えた最も基本的な要素は、幅広い意味での教育に裏付けられたソーシャルキャパシティの高さであった。なので、ここでは、特に日本の開発を支えた教育に焦点を当てて、国際開発に有用な要素を考えたい。

 日本は現在でも教育水準(特に初等・中等教育)の極めて高い国であるが、世界大戦後のいわゆる「焼け野原」と表現されていた時点はもちろん、江戸時代から寺子屋や武家教育などによって広く教育が行われていた。私は、読み書き・算盤に代表される基礎的な知育のレベルの高さだけでなく、規律や協働を重視する日本の教育のあり方が非常に重要な役割を果たしていたと考える。例えば、日本の教室では、生徒が日直を日替わりで担当し、日直が1日の全体挨拶やクラス日誌の記述と教師への報告を行う。また、学級委員は通常クラスで男女1名ずつが生徒による(民主的な)選挙で選出され、彼女/彼らが集まって中央委員という組織になり、そこで学校内の課題や問題について話し合いと情報交換が行われる。給食当番や掃除当番は、通常、5人くらいの生徒による班という単位で周っており、各班にも班長と副班長が話し合いで選ばれている。このように、様々なレベルの組織が学生主体で構成されて運営されているのである。教師はこれらの組織作りを主導するのではなく、積極的に見守っている。

 学級内で問題が起った場合。問題を起こした生徒に、教師が指導や叱責を行うこともあるが、全体に関わる問題の場合は、学級会という形で話し合いがもたれることがある。その際にも、話し合いの中心は生徒自身であり、学級委員が司会の役割を受け持ち、皆で問題の原因発見と解決について話あう。
 また、日本の教育では、団体行動や団体競技などを通して協調や協働の大切さを強調している。音楽祭、体育祭、学芸会、遠足、修学旅行、卒業式などがそれである。

 このように、生徒は自然に規律やルールを守る重要性と、協働の価値を自然に覚えていくのである。もちろん、上記の取り組みは世界中の教育でも導入されていることが多いであろう。しかし、ディスカッションで話し合われた世界の現状では、アジア(インドネシア)では同じようなことをやっていても、生徒が規則や団体行動を守らないため、そのような教育効果は日本のように高くないという意見などであった。また、それは教師の指導力不足が原因ではないかという話もあった。教育を通して、規律や協働の重要性を自然に育てることは、リテラシーの教育と同等かそれ以上に重要だと私は思う。特に、アフリカの諸国は、国としてのまとまりが弱く、民族・部族単位で互いに主張し合っているケースが多いため、それが国としての開発を妨げていると言えよう。ナショナリズムを強調する教育は危険さを孕んでいるが、国民教育としての規律や協働を育てる教育のシステムと、それを支える教師の教育は、日本の開発経験として移転する価値があると考える。

日本における「法と開発」を考えてみました。

中国四川大地震で亡くなられたからの御冥福と、
生き埋めになっている被災者の方々の御無事を強く祈念致します。
僕もやや生活苦しいですが、これだけの被害を前にすれば、
出来る限りのこと(おそらくは募金)をしようと思うのみです。


タイトルに戻ります。
授業の課題なんだけど今回は日本語でオッケーということで、
今日まで、完全に油断していました。
そのツケが、提出日前日の午前3時に完成というストレスフルな展開に(>_<)/
法に関しては全くの門外漢の僕ですんで、
内容も経済寄りになってます(^^;
お時間のあるときに読んでみてくださいな☆
あ、批判的コメントはマイルドにお願いしますm(-.-)m



日本における法と開発

1.はじめに
 我が国、日本は先進国であり、英語で言うところのDeveloped countryになる。すでに開発の進んだ国における「法と開発」は、発展途上国におけるそれとは異なるであろう。ここでは、まず始めに現代における日本が参考にするべき「法と開発」の理論とその理由を述べる。その際には、Kevin E. Davis & Michael J. TrebilcockのLegal reforms and developmentに記された6つの理論的枠組みを参照する。その考察の中で、Kevin E. Davis & Michael J. Trebilcockが触れている理論と経験から学んだことも記述したい。

2.現代日本における「法と開発」の意義
 現在の日本の開発における法のあり方を見るためには、その前提として日本社会の現状を確認する必要がある。実際には、論者の立場や状況や知識によってその捉え方が大きく異なり、求める法のあり方も変わってくるのであるが、私が特に重要と考えるのは以下の点である。
(1)日本政府は地方を合わせ773兆円程度(2007年度末)の巨額の債務を抱えている。
(2)少子高齢化が進み、2006年をピークに人口減少社会に入っている。
(3)「格差社会」に対する社会の問題意識が高まっている。
(4)地球環境問題に対する積極的な取り組みが国際社会から求められている。
 (1)に関しては、対GDP比率で先進国最低であり年々拡大しているのであるが、事態の深刻さと比べて相対的に意識が低いように思われる。しかし、もしも国の財政が破たんすれば法で守られている社会保障も財産そのものも水泡に帰してしまうという意味では、重視してしすぎることはない。(2)に関しては周知の事実であるが、高齢者への福祉に対する重要性は増していると同時に、それを支える若年世代の負担が増加している点が問題である。ただし、長期的(30~50年のスパン)に考えると、いわゆる逆ピラミッド型の世代別人口統計は徐々により細長い形に変化していくと思われ、高齢者と若者の比率自体が拡大し続けると考えるのは誤りであろう。むしろ、人口減少による経済力の衰退を想定した法整備が重要である。(3)の格差社会に関しては、非正規雇用の増加やワーキングプアなどへの関心がメディアなどを通して高まっている。貧困層に対するセーフティーネットが機能していないという点では富の再分配も考慮した法のあり方が求められているであろう。(4)に関しては、1997年の京都議定書の策定以降、市民レベルにおいても意識が高まっている。しかし、現状の成果としては、削減目標(CO2を-6%)に対して、むしろ排出量が増加(2005年現在で約7%)しているなど、厳しい状況である。しかし、これは、順守が義務付けられた国際的な取り組みであるため、環境税などの具体的な法制化も必要となるであろう。

3.6つの理論に当てはめて考える日本の「法と開発」
 以上、(1)~(4)に対して自分の考えを示してきたが、ここからは前述の6つの理論と並べて考えていきたい。「法と開発」関する6つの理論のうち、近代化論(Modernization)と経済成長論(Economic growth)は経済発展に重きを置いている。一方、従属論(Dependency theory)と福祉論(Welfarism)は富の分配と平等を重視している。他方、フェミニズム(Feminism)と持続可能な開発論(Sustainable development)は調和のとれた社会を目指していると言えよう。授業内のディスカッションでは、私のグループは途上国における「法と開発」はその発展段階によって重要な理論が異なるのではないかと考えた上で、初期段階においては格差の拡大に留意しながらもある程度経済成長に重きを置いた法整備をしていくことが重要でないかという結論に達し、それを発表した。また、授業の中で学んだことは、法が開発にとって重要であるということを人々が認識し、皆で法制度を支えていくことの大切さである。途上国においては、法が生活の向上と社会の秩序に果たす役割が人々に正しく認識されていないケースや、法が生活や権利を守れないばかりか制限するものと考えられている場合もあるからである。日本の開発が成功を収めたのも法の重要性と強制力が十分に認識されていたことと無関係ではないだろう。
 現代の日本に話を戻すと、結論から言えば6つの理論の全てが重要であり、またどれかに偏る段階ではないと考える。ただし、経済力が重視される国際社会の中では依然として経済発展を重視した法は特に重要だと私は思う。理由としては、(1)に挙げた財政の問題を解決する目処を立てることが国際社会からの信頼と日本社会の安定の土台となると考えるからである。(2)(少子高齢化)、(3)(格差社会)への取り組みは再分配の名のもとに財政支出を拡大する法律の制定に向かう可能性が高い。また、日本経済を牽引している大企業や投資家への過度の課税は、景気減速につながる可能性もある。これらは、現在の国民感情とニーズが従属論や福祉主義に近い、不平等の改善や福祉の拡充を求める方向にあることを示しているけれども、(1)とのバランスのとれた法のあり方が望ましいと思われる。具体的に富の再分配を考えると、個人における所得、贈与、相続などに関わる累進課税の水準や、企業への法人税の水準の見直しなどがあるが、個人の所得税の最高税率は40%(2007年より)と国際的にはやや低めでで、法人税は地方税を合わせ約40%と平均的である。そのため、国際的な企業への税率を上げるというよりも、それらの企業が活動しやすいようにグローバルな経済に即した法整備を進め、同時に、財政支出の重要性の低い部分を削り、福祉や貧困層への補助に回すということが現実的な選択と思われる。
 (4)の地球環境問題にかんしては、持続可能な開発と密接な関係がある。法にはその国の発展段階や文化や宗教に即すべきものも多いが、基本的人権などは全世界で守られるべきものである。同じく、持続可能な開発に深く関わる「環境」も、今日では全世界で守られるべきであると考える。特に、日本のような先進国は過去現在の環境汚染の責任があり、環境技術も優れているので、立法・司法・行政がそれぞれ主体的に取り組むべきであろう。
 フェミニズム(Feminism)に関しては言及してこなかったが、日本では、女性の社会進出がようやく法整備されてきた段階であり、今後も女性の力を司法・立法・行政に生かすための取り組みはより積極的にするべきだと考える。

「NGOの重要性」

皆さん、GWはどうでしたか?
僕は課題に追われつつも、名古屋に来てくれた真友と良い時間を過ごせました!
…てか、それどころじゃない事件がアジアで起きています。

まずは、ミャンマーのサイクロンで犠牲になった方々のご冥福をお祈りすると共に、
行方不明者の方々のご無事を強く祈念したいと思います。
また、被災者の方々の心身のご回復と、被災地域の復興を
心から応援していきたいと思います。
まだ見かけませんが、救援復興のための募金箱を見つけ次第、
生活費の一部を送りたいと思います。
アジアの友人が悲惨と悲痛の極みにいることを真摯に受け止め、
出来る限りの応援を僕らでしてまいりましょう。
……本当に可哀そうです。。。

(今日、ユニセフの自然災害緊急募金に1週間分の食費を送りました。5/7追記)

さて、標題に戻らせてもらいますが、
NGOの重要性について短いレポートの宿題が出たので、まとめてみました★
時間のある方は、一読下さい☆

まず、(英語で)書き始める前の日本語のスケッチ的なメモです。

『NGOについて』

国際協力NGOが誕生した50年代後半当時は冷戦時代であり、南北問題も国際開発も東西関係の政治的な影響を受けていた。現在においても、政府の援助は国家間の関係や、政治的な戦略の影響を色濃く受けている。それゆえ、国際政治の硬直や緊張を受けて、しばしば援助活動が停滞してしまうという問題があった。
その点、NGOは政府の思惑と距離を置いた援助活動ができるので、本当に援助が必要な国や地域に入っていけるというメリットが大きい。また、基本的に国益に縛られないため、受益者のニーズに沿った援助を行うことが出来た。これらが、NGOが必要とされた背景である。

また、国家の援助は国際政治だけでなく、国際政治の影響も受けている。具体的には、環境問題や貿易問題であり、援助国はしばしば自国の企業を支援するために、それらへの取り組みに極めて後ろ向きである。国際的な市民意識に支えられたNGOの活動が、地球温暖化、生物保護、フェアトレードなどの取り組みを始めて可能にしたといえるだろう。特に、債務帳消し(ジュビリー2000運動)などはNGOだからこそ出来た成果と言える。

次に、NGO独特の強みと役割であるが、それにはネットワーキングと草の根援助と市民啓発(アドボカシー)があげられるだろう。

先進国NGOの役割。途上国NGOの台頭。

財政難。規模の援助。寄付者の影響。

以上。

だんだん、面倒臭くなって尻つぼみになっています(^^;;;
で、以下に提出用の文章を載せます。

NGO

Why have NGOs been considered as solution to many of the development problems? To answers this question, I would like to review the background of NGO’s birth. Then, I will move on to the necessity of NGO of the development from the view of comparison with ODA. After that I am going to point out the characteristic strength or role of NGO. Lastly, I will add the current limitations and challenges of NGO. Then I may be able to make it clear that why the NGOs are playing important roles in development.

To begin with, I would like to focus on in which context NGOs came into the stage of international development. It is said that the origin of NGO is early 19th century, but in international development, NGO started to play their role after World War? for the European countries, and late 1950s for developing countries. At that time, international development and north-south problem were actually affected east-west problem in the cold war. Therefore, when tensions of international relationship had tightened, international development had often been stopped or used for. In fact, even now, international aid for developing countries is always affected by the aim of international relation. In contrast, Non-Governmental Organizations can work in accordance with their principles and keep some distance from political effects, so there are always place where NGOs’ help are needed.

Not only international relationship, but also domestic policy affect on development. For example, to protect own economy or farmer, developed countries are very negative to deal with environmental problems and fair trade policy. Only NGOs supported by citizens who are thinking globally could bring up those issues into one of main stream of development. Like this, NGO can be counter part of ODA.

What else do NGOs have important roles or strengths? I think networking, grass roots aid, and advocacy activity are the character of NGO. Today hundreds of thousands of NGOs are working in all over the world. Most of them are relatively small, and some of them take part in similar purpose of development, so networking abilities of NGO have grown a lot. Especially, some major NGOs such as Care, Oxfam, or Save the Children have offices and partner in many developing countries. And then, those networks make it possible to share the grass roots aids’ experience and information and to cooperate flexibly. The weakness of NGO is lack of fund and human resource. However, by the networking activity and grass roots cooperation, the roles of NGO cannot be ignored in development. Another role of NGO is advocacy. Based on their firsthand experience, NGO raise questions to people and government. Without the enlightenment activities such as JUBILEE 2000, the agreement of cancellation of third world debt could never happen in this era.

In summary, even though NGO have challenges such as weak fund, or quality of management, they are needed to work in many places and problems where ODA or international organizations do not work efficiently or appropriately. Moreover, NGO have unique role, such as grass roots help and advocacy, so unless NGO forget “Think globally, act locally”, I think they ought to be regard as important actors of many of the development problems.

イントロダクション(導入部)がしっかり書けたので、最後までスムースにいけました。
レポートはプロット(構成・柱)作りが大事だなと改めて実感。
先週のレポートは構成が最低で、公表できないくらいです(--;)

GW中の(面白)エピソードは後ほど紹介したいと思いやす。
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